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メディアに弄ばれた超能力者『千里眼事件』

7分くらいで読める

明治末期の騒動から「認識」を問う

「千里眼」といえばドラマ、映画などフィクションのネタにされがちですね。

特にドラマ『TRICK』の「千里眼の男」の回のラストは「なにげにみんな覚えている衝撃的なラスト」ランキング第1位(私調べ)なのでご存知の方も多いかと思います。

千里眼は千里先を見られる眼、つまり遠方のものごとを感知できる能力ですが、見えるはずのないものを見る、ということで透視能力のことも指しています。

「千里眼事件」はこの透視能力をめぐる明治末期の一連の騒動です。

TRICK 第8話「千里眼の男」は必見!

騒動の中心となるのが御船千鶴子(みふねちづこ)という女性。

先述の『TRICK』でも生涯が紹介されたり、小説・映画『リング』の貞子の母親のモデルにもなっている、近代の「超能力者」のはしりとも言える人物です。

彼女の透視能力を新聞が報道したことが発端となり、研究者がこぞってその透視能力の「実験」を行ってはその能力の真否を問う論争が巻き起こりました。さらにその後、千里眼を自称する人が各地で現れるもトリックだということが次々と暴かれていくという、千里眼ブームとも言える社会現象がこの千里眼事件です。

※御船千鶴子の千里眼能力の真偽は現在でも不明

千里眼事件 科学とオカルトの明治日本

今回読んだ『千里眼事件 科学とオカルトの明治日本』は、この千里眼事件を「当時の新聞、科学雑誌、あるいは関係者の著作などの資料を用いて、可能な限り当時の社会情勢をも再現しながら、再検証」(「はじめに」より)するというもの。

千里眼という能力があるかないか、という議論ではなく、千里眼をめぐる一覧の騒動に関しての史料を提示することで「事実とも誤りとも断定できない留保状態のなかでは、われわれは物事をどのように認識したらいいのか」(「はじめに」より)を問うことを目的とする作品です。

キャラ立ちすぎな実在人物

その意図のとおり、御船千鶴子はもちろん、その周辺人物の動向も丹念に追われており、人間ドラマとしても面白く読めます。

御船千鶴子(写真:松岡明芳 CC BY-SA 4.0

熊本の片田舎で生まれ育った18歳の少女が千里眼の能力者として地元で評判になる。

噂を聞きつけた科学者・福来友吉がその能力の検証実験を行い、透視が的中したと発表。新聞で報道され全国で話題に。

その他の研究者も参加して幾度となく実験が行われるが、毎回実験方法や結果に疑わしい点もあり、真偽論争が激しくなる。と同時に各地で千里眼を自称する者が現れる

その中には長尾郁子という、千鶴子にはできない現像前の写真乾板の透視や、逆に写真乾板に好きな文字を念写できる女性も(書かれていないけど、ここで千鶴子が「ぐぬぬ」っとなったのではと妄想)。

長尾郁子の能力も福来友吉を含めた科学者が実験していくが、福来の腰巾着のようになっていた催眠術師の横瀬という男が長尾家に取り入り、郁子との男女関係が噂されるようになる。さらに金銭問題も絡んで一気にスキャンダラスな展開になり、世間の目が冷めていく。

その後、御船千鶴子が自殺長尾郁子は病死したこともあり、千里眼騒動は終息へ。

  • 家族の金銭欲や科学者の功名心、そしてメディアに翻弄されて24歳の若さで自ら死を選んだ御船千鶴子。
  • 科学者として千里眼の能力を検証するはずが、「能力者」と実験を重ねていくにつれ徐々に心霊に傾倒していってしまう福来友吉。
  • 免職された元警官で、千里眼の能力者に取り入って増長し、金儲けを企んだ胡散臭い催眠術師、横瀬。

「千里眼」という名称のカッコ良さはもちろん、登場人物のキャラがそれぞれ立っているのでさまざまな創作作品の題材にとられているのも頷けます。

メディアに弄ばれた女たち

この千里眼事件を読みながら連想したのは、STAP騒動小保方晴子さんのこと。

  • 渦中の人物が女性
  • (別の)科学者が(結果的に)彼女をバックアップした
  • メディアに大きく報道された
  • 自殺者が出た

などの共通点があります。

小保方さんの場合は個人の能力ではなく純然たる科学の発見なので、真偽がすぐに判別つきそうなものですが、肝心の論文の内容が検証される以前に、若い女性であることや割烹着姿など個人のキャラクター面が多く報道され、一躍「時の人」となってしまいました。

そして肝心の論文にアラが多数見つかったときに叩くのもまたメディア、という皮肉な展開も、千里眼事件と似ています。

小保方晴子『あの日

私も仕事としてメディアの端くれに携わっていたりするのでわかりますが、やはり商売なので、どうしても閲覧数が上がる、「いいね」が稼げる、再生数が上がる、というコンテンツのほうが評価されやすいです。

そして閲覧数が上がりやすいのが、こういう「美人○○」とかわかりやすいドラマ、あるいは下世話でスキャンダラスなコンテンツなのです。

事実に反することを書くようなことはしませんが、タイトルの付け方や切り取る場面、表現する視点などによって、記事の印象をがらりと変えることは可能ですし、それが編集者の腕の見せどころ、という面もあります。

千鶴子も小保方さんも、ある意味メディアに弄ばれた女ですが、そんなメディアを私たちの消費活動が支えてしまっているということは知っておくべきでしょう。

物事を正しく認識するために

科学的に検証する、と言うと誰かの意思や主観が入る余地はなさそうな気がしますが、まったくそうではない、というのが千里眼事件、STAP騒動からよくわかります。

千里眼事件だけであれば過去の話、と切り捨てることができますが、STAP騒動はそれが今なお続いていることを示しています。

宗教上の教義から進化論や地動説が否定されたり、人体解剖をしなかったガレノスの学説が1500年もの間支持されていたことが医学の進歩の枷になっていたり、古くから人間の性は変わりません。

貞子の母親のモデルは御船千鶴子。『リング

『千里眼事件』の中で面白かったのが、千里眼に対する諸学者の見解。

能力の存在を肯定するような学者もいた中、実験に立ち会った肯定派、否定派それぞれの中心人物はどちらも確答を避けるような言い方をしているということ。

トリックの介在する余地がある状態での実験から脱却できなかったため、検証しきれていない事物に関しては断定しない、とする態度は、実に科学的です。

 

しかし御船千鶴子は、千里眼の能力を疑う者がいると力がうまく発揮できない、と他者に「信じる」ことを求めたそう。

「信じている」ものだけが参加する実験を、通常われわれは儀式と呼ぶ。(「第六章 スキャンダルと心霊への傾倒」p.183より)

と著者も断じているとおり、ものごとを正しく認識する上では思い込みはできるだけ排除すべきですし、排除しようとしてもどこかに残ってしまうのが思い込みの性質だということもまずは認識すべきでしょう。

インターネットやSNSが爆発的に広まり、情報が過多になっている昨今。

事実や認識について改めて考える良い機会になりました。

作品情報・関連作品

長山靖生千里眼事件 科学とオカルトの明治日本

2005年 平凡社刊

二十世紀を特徴づけるなら、自然科学の発展とともに、メディアが大衆を扇動する「噂と迷信の時代」ということができる。
明治末期、人々の想像力の限界を試す「千里眼事件」が起きた。
透視や念写ができる「超能力者」が現れ、世を騒がせたのである。
その能力の実在を証明しようとしたのが、心理学者の福来友吉だった。
錚々たる学者を前に公開実験が行われ、騒動は一層広がることになる。

「千里眼事件」が社会に投げかけたものは一体何だったのか?
この事件の顛末を通し、人間にとっての「認識」の意味を問う。

小保方晴子あの日

2016年 講談社刊

真実を歪めたのは誰だ? STAP騒動の真相、生命科学界の内幕、業火に焼かれる人間の内面を綴った衝撃の手記。

1 研究者への夢 / 2 ボストンのポプラ並木 / 3 スフェア細胞 / 4 アニマル カルス / 5 思いとかけ離れていく研究 / 6 論文著者間の衝突 / 7 想像をはるかに超える反響 / 8 ハシゴは外された / 9 私の心は正しくなかったのか / 10 メディアスクラム / 11 論文撤回 / 12 仕組まれたES細胞混入ストーリー / 13 業火 etc.